2006年8月28日月曜日

チンパンジー日記 1 (平成18年8月)

さて,皆様夏バテなどしてないでしょうか?
この号が届く頃にはチンパンジーの森は無事にオープンしているはずです。
というのも今はまだチンパンジーの引っ越しもしていないからです。
引っ越しまでの総点検が明日で明後日引っ越し予定です。
はたして気に入ってもらえるのでしょうか?
オープンまであっという間のようでとても長い日々が続きそうです。

チンパンジーと言えば僕には苦い思い出があります。
もう十数年も前のことなのですが,チンパンジーの飼育の代番をしていたときのことです。
当時,うちの群れのリーダーのキーボは調教していた時代のなごりの鎖の首輪をしていました。
担当者は群れの中に入れるのですが,首輪の鍵が錆び付いていて
取ることができなくなっていました。
お客さんに「鎖の首輪でかわいそう」とか「きっとどこかに繋ぐんだよ」とか言われることがあって
「どうにかしなきゃ」って話していました。
当時,僕は獣医としても自信がつきかけていたころで,吹き矢での麻酔も
我ながらうまくなっていました。
「麻酔してはずすしかないね」と話していたものの,キーボは麻酔をかけたことがなく,
なんとなく実行しきれないでいました。

何がきっかけだったか忘れたのですが,自分が代番の日に「首輪をはずそう」と思い,
ひとりで麻酔をかけようと実行しました。
キーボだけを放飼場に出さずに麻酔をかけようと吹き矢を撃ちました。
一発目はキョトンとした顔をして見ていたのですが,弾が当たった瞬間に顔つきが変わりました。
最初は恐れの表情で次に怒りの表情に豹変しました。
穏やかな状態であれば麻酔がかかる薬量でしたが,全く効く気配がありません。
ここでやめるわけにはいきませんので,2発目,3発目と撃ちました。
キーボは完全に切れた状態で,すざましい形相で僕に向かって
檻越しにアタックをかけてきました。
檻が壊れるのではないかと思うほどの暴れようでした。
結局,致死量に近い麻酔薬を撃ったのですが麻酔は失敗に終わりました。
チンパンジーは時に狩りをする肉食動物としての一面があります。
あのときのキーボの形相はまさに肉食獣のものでした。
今でも忘れられません。
次の日から僕はチンパンジーを全く制御できなくなり,
飼育係としては悔しさを通り越したことなのですが,
代番を降ろしてもらったという苦い経験があります。
結局,別の麻酔法で首輪を取ることはできましたが,
キーボは十数年経った今でも僕には気を許してはくれません。 

キーボも初老を迎え,もうすぐ38才になります。
あのころに比べると二回りくらい小さくなったように思えます。
決して広いとは言えない建物でしたが
30年間を過ごした我が家を後にして新居に順応できるでしょうか?
気に入ってくれるでしょうか?

追伸
キーボを始めチンパンジーは7月19日,20日に新居に引越をしました。
新居での生活への適応は驚くほど順調で,拍子抜けするほどです。
まるでずっと前から居たようです。
キーボは僕の手から食べ物を受け取りました。
僕に対して威嚇することもなく僕に挨拶までしてきます。
新居に引っ越して,まるで「昔のことは水に流したよ」とでも言っているようでした。
8月5日,チンパンジーの森は無事にオープンできました。
新築の家なので,まだまだしっくりときませんが,
時間をかけてチンパンジーにも来園者にも快適な家にしていきたいなと考えています。